鳩サブレーの豊島屋がみんなに愛されるわけは?ネーミングライツの事例比較で考える

先日、大阪市にある大阪市立中央図書館の名称が変更されたことをご存知でしょうか? 正確には愛称の変更であり、正式名称としては大阪市立中央図書館のままですが、建物に掲示される施設の名称はすでに変更後のものになっています。

変更後の名称は「辰巳商会中央図書館」です。お気づきの方もいらっしゃるでしょうが、これは命名権を売りに出して収入を得る、いわゆる「ネーミングライツ」契約によって名称の変更に至ったものです。大阪市の企業、辰巳商会が200万円で2年間のネーミングライツを取得した結果、上記のような愛称に変わりました。

しかしこの変更には批判の声も挙がっています。

例えばこのような、デザインなども相まって、「大阪市立」という単語が消えたことでどういう施設なのかわからなくなってしまったとの指摘があります。

Twitterではその他にも「契約金額が安すぎる」、「歴史ある図書館の価値が200万円だと言っているみたいで残念」、「命名権取得した企業へのネガティブな感情しか湧かない」などのような市や企業への否定的な声が挙がっています。

ちなみに現在大阪市では、このようなネーミングライツの売出しをかなり大々的に行っています。

参考 市所有施設及びイベント等におけるネーミングライツパートナー等を一斉に募集します大阪市

こちらのページからわかるように、ホール、区民センター、野球場、プール、図書館と2019年12月現在で50を超える施設やイベントでネーミングライツパートナーを募集しています。応募条件に「大阪市立」というワードを入れることは含まれないため、中央図書館と同様の事例は今後も増える可能性があります。

ネーミングライツ取得が逆効果?

9月18日にネーミングライツ協定の締結式が行われてから、実際に変更が行われた10月にかけてGoogleでの「辰巳商会」というワードの検索数は伸びています。

問題はこの話題性がポジティブなものかネガティブなものか、という点になります。

今回の件の批判の矛先は主に大阪市に向いています。辰巳商会に対しては、地域貢献的な寄付の側面が強いのではないかと辰巳商会に感謝や同情を寄せる声もありますが、「辰巳商会中央図書館」という名称に対して否定的なのは大半の意見に共通しています。

  • 会社の建物にしか見えない
  • 名前を聞いても大阪市立中央図書館のことだとわかりづらい
  • 大阪市立図書館の「中央」だったのにこれではなんの中央なのか

具体的には、以上のような3点のような批判意見が挙がっています。

ネーミングライツを取得し名称を変更することそれ自体には一定の理解が示されているようですが、名称へのネガティブな意見が強い以上、命名者である辰巳商会のイメージが向上したとは言い難いでしょう。

実はこのようなネーミングライツによる命名が市民などとの間で軋轢を生むことは珍しくありません。直近の例でいえば、京都市美術館の名称が「京都市京セラ美術館」になることへ反発が起きました。

これらのように批判を受けてしまうネーミングライツ契約による名称の変更には、どのような特徴があるのでしょうか。

公共施設のネーミングライツの難しさ

京都市美術館の名称変更の経緯については以下のニュースで簡潔にまとめられています。ここから明らかになる論点の分析を通じて、「辰巳商会中央図書館」の問題についても考えます。

参考 「撤回せよ!」命名権導入に市民団体が大反発 歴史ある京都市美術館が「京都市京セラ美術館」に…50億円白紙も!?産経ニュース

記事の中で紹介されている批判の声を抜き出してみます。

  • 歴史ある美術館に命名権はふさわしくない
  • 市議会や市民を無視した(命名権を導入の)手続きに問題がある
  • 市美術館に寄贈したのであって、京セラ美術館に寄贈したわけではない
  • 他の企業からの寄付が得られず、今後の作品の収集が危ぶまれる

これらからわかるのは、「歴史」と「公益性」の軽視が反発を生むということです。

京都市美術館は1933年の開館です。2019年現在で86年もの歴史があることになり、世代を超えて市民の間で親しまれている名称だと言えます。それが変更されるとなった場合、市民が違和感や不快感を覚えるのも自然でしょう。

また、名前を冠することが何かに所属したり所有されたりしていることを表すことが珍しくないことを考えれば、名称の大部分が企業の名前になると美術館がその企業の所有物であるかのような印象を与える可能性があります。市民の公益のために蓄積されてきた価値が、ある意味「横取り」的に宣伝に利用されているような名称になれば眉をひそめる人がいても不思議ではありません。

大阪市立中央図書館についても、同様のことが言えます。

大阪市立中央図書館は1961年の開館です。京都市美術館には及びませんが、58年もの歴史があります。さらに大阪市立中央図書館は全国でもトップクラスの蔵書数(2019年現在で約225万冊)を誇っており、利用者の多さなども考えると市民の記憶や思い出には十分に根付いていると考えられます。

変更後の名称という点でも、「京都市京セラ美術館」と同様に「辰巳商会」という企業名が入っています。図書館の蔵書には寄贈された図書もあるでしょうし、市民が手軽に本や資料に接するための情報源である図書館は美術館と同じく公共性、公益性が非常に高い施設だと言えます。

これらを踏まえると、大阪市立中央図書館の名称を一企業の名前が目立つものに変更することは、一定の批判を受けても仕方のないことのように思われます。

辰巳商会はどうすればよかったのか

こういった批判をかわすために、辰巳商会はどうすればよかったのでしょうか。

まず考えたいのは、もっと反感を持たれにくい名称にすればよかったのではないかという点です。

より市民に受け入れやすい名称にするためには、慣れ親しんできた名称がなくなってしまうことへの反発と、すでにある公共施設の価値を「私物化」しているかのような印象を与えることの回避が条件となります。

この条件を元に考えると、例えば「辰巳商会協賛 大阪市立中央図書館」のような名称であれば、ある程度は反感を軽減できたのではないかと思われます。「大阪市立中央図書館」という名称を消したり削ったりしておらず、また、「協賛」という語によって図書館を所有したり運営したりしているのではなく支援しているのだと明確になります。

もちろん企業の名前が入ってくることそれ自体への反感を避けることはできませんが、あくまで市を支援しているという立場を明確にしていれば、支援への感謝の声ももう少し大きくなっていたのではないかと思われます。

あるいは、そもそもネーミングライツ契約を結ばなければよかったと考えることもできます。お金を払って命名権を買った結果ネガティブなイメージを持たれてしまったとすれば、なんの得もないどころか損をしてしまうことになります。そう考えると難しい公共施設のネーミングライツに手を出したこと自体が失敗だとも言えます。

しかし公共施設のネーミングライツを有効活用することが不可能なのか、というと決してそのようなことはありません。実際に、ネーミングライツ契約を行ったことで地元住民から賛辞を受けた企業も存在しています。

由比ガ浜を救った鳩サブレーの豊島屋

ネーミングライツ契約によって市民から称賛を受けた企業とは、鳩サブレーで有名な菓子メーカーの豊島屋です。2013年、鎌倉市は由比ガ浜海水浴場、材木座海水浴場、腰越海水浴場の3つの海水浴場のネーミングライツを売り出しました。これを購入したのが地元企業である豊島屋だったのです。

豊島屋はなぜ地元住民からの称賛を受けることとなったのでしょうか?

それは、わざわざネーミングライツを購入したにも関わらず名称を変更しなかったからです。

参考 海水浴場名は変えず 命名権で豊島屋「市民の親しみ」優先カナロコ

こちらの記事によれば、鎌倉市は原則3年以上、年額100万円という条件でネーミングライツを売りに出しました。これに対して豊島屋は「変な愛称を付けられたら嫌」と、なんと10年、年額1200万で契約に応じたのです。

施設の知名度や集客力の違いはありますが、辰巳商会が年額100万円の2年契約でネーミングライツを取得したのと比較すると、地元に貢献しようという豊島屋の気概がひしひしと伝わってきます。

そして豊島屋はネーミングライツの取得後、愛称とロゴマークの公募を行いました。その結果ロゴマークは鳩をモチーフにしたキャラクターが海水浴に興じる様子を描いたものに、愛称は「慣れ親しんだ名前がいい」との声が多かったことから変更なしとしたのです。

この一件に関して豊島屋には以下のような好意的なコメントが寄せられています。

感謝の気持ちや、豊島屋への応援の気持ちを抱いた人が数多くいることがわかります。

また、豊島屋の社長は合わせて「グッズを販売して収益を維持管理費に使うなど、市税だけでなく海を訪れる皆が負担し合える仕組みをつくりたい」とも語っています。

その後豊島屋は、公募によって生まれたロゴマークの鳩のキャラクターを用いたLINEのスタンプの販売を始めました。このスタンプの収益は鎌倉市内海水浴場の環境美化、健全化に使われており、まさに有言実行となっています。

その他にも由比ヶ浜海水浴場のマナー向上プロジェクトとして、周囲に注意喚起などを書いた鳩型の巨大砂像を作る企画に対しても豊島屋がメインのスポンサーとして予算を拠出するなどしています。

参考 鳩の巨大砂像で由比ガ浜海水浴場のマナーを改善!まもり鳩プロジェクトを追う面白法人カヤック

豊島屋の地域振興への意識の高さは商品の販売姿勢にも表れています。

こちらの画像は、豊島屋の公式ホームページで見ることができる、豊島屋が販売しているグッズの紹介ページです。画像の中にも表記がある通り、これらのグッズは鎌倉にある豊島屋の本店でのみ販売されています。つまりグッズを購入したい人は鎌倉に足を運ばなくてはいけないということであり、これは豊島屋なりのインバウンド戦略であると言えます。

豊島屋の本店ではこちらの「ハトカー」のような、ユーモラスな商品を多数販売しています。

知る人ぞ知るグッズとして密かに人気を集めていることがわかります。

まとめ

今回は公共施設のネーミングライツをめぐる企業の対応をテーマに、うまくいかなかった例としての大阪市立図書館や京都市美術館のケースと、うまくブランディングにつなげた例としての豊島屋のケースをご紹介しました。

ただ、ネーミングライツと言いながら名称が変更されていない、この豊島屋のケースをネーミングライツ契約の成功例としてしまうのにはやや引っかかるものがあるかと思います。きっかけとして必要ではあったのでしょうが、ネーミングライツという仕組みを介する意義への疑問は拭えません。豊島屋が称賛を受けたのは、ネーミングライツの対応そのものではなく、ネーミングライツを通して表れた地域貢献を重んじる姿勢なのです。

豊島屋の例を考えると、公共施設のネーミングライツで宣伝効果をあげようとするなら、それ単体として活用するのではなく、地域貢献によってファンを作るための大きな戦略のうちの1つとして組み込むのがベストのように思えます。あくまでネーミングライツ単発で宣伝に利用しようとするなら、大阪市立中央図書館などの例に学ぶ必要があるでしょう。つまり、地元住民に好意的に受け止めてもらえるような、地域の歴史や市民の感情、そして公益性を尊重した命名をすることが重要になるということです。