すべてをユーザー好みにするのは本当にいいの?ユーザーから機会を奪うことにつながるのではないか

最近では当たり前に話されるようになったユーザーファースト。その一例として、ユーザーにとって良い情報を与えるといった意味合いで、パーソナライズなどが挙げられることも多いかと思います。

ユーザーにとっては確かに助かる要素です。しかし、これはユーザーに便利な情報を与える一方で、

新しい選択肢や視点を得る機会ひいては思考することを奪うことにもつながるのではないでしょうか。

例えば、多くの人の場合、生活圏は定まっているでしょう。

家を出て、出勤して、退勤して、帰宅する。

時には仕事帰りにどこかに寄ったり、友だちと遊んだりなどは起きると思いますが、概ねこんな感じだと思います。ここで多くの人が抱く気持ちとして、

  • 「毎日、同じことの繰り返しばかりでつまらない」
  • 「毎日、同じことの繰り返しばかりで、何か楽しいことはないだろうか」

こんな気持ちを聞いたことはないでしょうか?少なからず僕の知る限りでは周囲に1人や2人はこういった方がいます。極端な話、パーソナライズもしくは最適化といったものは、突き詰めると上記と似た状態を引き起こすのではないかと考えています。

自分の好きや似たものだけの世界は視野を狭める

好きなものを提示することは、上記のような極端にマイナスな気持ちは生まないかもしれませんが、どこに行っても何をしても自分の好きなモノや同じ嗜好をしている人が何をしているかが手に取る様に分かり、それに倣えば大きな失敗はしない状態になると思います。

こう聞くと、とてもいいことのような気もしますが、何から何まで自分の嗜好だけで埋まってる世界は、

「同じようなものや似たようなものが身の回りを囲む世界」

であると言えるのではないか。そんな風に感じてしまうのです。さらに言えば、これは先ほど挙げた例と似た状況に陥っていると感じるのです。

実際にはパーソナライズは便利なもの、非常に役立つものなので、マイナスなように感じさせることもさほどありません。世の中の役にも立っていると思います。

マーケティングやビジネスの話、改善の話をひとたびすれば必ずと言ってもいいくらい施策例として、その名前は挙がるでしょう。ですが、

ユーザーに便利さや快適さを与えたが故に同じようなものを提供するような仕組みが出来てしまったのではないでしょうか

ただ、これは逆に言えば同じようなモノしか見ないので、ユーザーの世界をどんどん小さくしてしまって言えます。

それで言えば、ユーザーの好みのものを作って、ファンになってもらうといった戦略で、LTVなどを指標として設けているのであれば、それはいずれ廃れると思います(LTVが廃れるというわけではなく)

何故なら、今のユーザーはパーソナライズされた好きであろう商品の訴求に慣れてしまい、それだけでは物足りなさをどこか感じています。

その物足りなさは表面的にはまだ出てきていないかもしれません。

ただ、だからこそモノを売るのではなく体験を売ることが必要で、購入に至るまでに感情を揺さぶるようなことや共感といったユーザーに体験やストーリーを見ていただき、コンテンツが重要だと言われる時代がきているのだと思います。

ユーザーが求めているのは視点や思考の破壊なのではないか

情報はユーザー側でいくらでも取れる時代になっているので、その人の好みだけを作って売り続けていても、他の媒体から情報を得て、その人の好みが変わってしまったら対応ができません。

そう簡単に趣味嗜好が変わってしまうことなどない!

と思うかもしれませんが、良いプロダクトはそれこそ人に新たな視点や気付きを与え、趣味嗜好、好みを簡単に変えてしまうくらいの力を持っています。

身近にもそれは起きていると思います。

タイプでは無いけれど、とてつもなくハイスペックな方にアプローチをされて好きになることもあるでしょう(いろいろな要素は作用しますが)

今までそこまで好きでなかったものがちゃんと美味しい調理をされると急に食べられるようになり、好きにすらなるということもよく聞く話です。

ストーリーやコンテンツはこの例で言うところのハイスペックな方や美味しい調理に値するのだと思います。

今まで接していなかったのに急に現れたモノによって、趣味嗜好が変わる。このときに今までのパーソナライズではその人の今までの趣味嗜好を基にしているので、的を外した提案しかできなくなります。

またデータを溜めて、合わせていけばいいのですが、ユーザーがそれを待ってくれるかは分かりません。ましてや、自分の従来の趣味嗜好を変えるという破壊力を持ったプロダクトにより一層惹かれていくと思います。

そのように考えると、ユーザーが今求めているものは新たな刺激をくれるような視点や気づきなのだと言えるのではないでしょうか。与えているつもりがユーザーから何かしらを奪っていて、それにあぐらをかいていると気づかぬうちにユーザー離れが加速してしまっているということもあるかもしれません。