集英社は無料と試し読みを駆使して集客する。マンガアプリにおける三大出版社のマーケティング事例。

近年、マンガ雑誌の発行部数が減り続けている一方で、電子コミック市場は伸長し続けています。同時に、マンガアプリの広告市場も規模を拡大し続けています。

参考 2018年度の市場規模は2826億円、海賊版サイト閉鎖を受けて前年比126.1%の大幅増 ~電子書籍に関する調査結果2019~インプレス総合研究所

こちらの調査によれば2014年が14億円、2016年が78億円だった市場規模が2018年には167億円まで成長しており、驚異的なペースで市場が広がっていることがわかります。

つまりマンガアプリにおいて広告が大きな収入源になっているということですが、出版社の本分は書籍や雑誌を売ることにあるはずです。出版社は、本来お金をとって然るべき商品を無料で提供する上で、どのような意図を持たせているのでしょうか

今回はいわゆる三大出版社、講談社、小学館、集英社のマンガアプリを比較することで、各社が「無料」をどのようにマネタイズにつなげているかを分析してみたいと思います。分析は、各社の看板的な少年マンガ雑誌の名を冠する、講談社の「マガジンポケット」、小学館の「サンデーうぇぶり」、集英社の「少年ジャンプ+」の比較を中心に行います。

様々な要素について比較ができると思いますが、焦点はどうすればマンガを読めるようにしているか、つまりなぜ無料で読めるようにしているのかに絞ることとします。

何をどの程度無料で読むことができ、何で稼ごうとしているのか。それを見ていく中で浮かび上がってきたのは、少年漫画の王者とでも言うべき週刊少年ジャンプを発行する集英社の独自性でした。

小学館のサンデーうぇぶり

サンデーうぇぶりは2016年から「週刊少年サンデー」、「ゲッサン」、「月刊サンデーGX」の作品を中心に掲載しているマンガアプリです。当初はウェブサイトのみでの展開でしたが、現在はアプリも配信されています。

無料で読むための手段は大きく分けて2つ。「チケット」と「ポイント」です。

チケットは無条件に無料で利用できる仕組みで、1作品につき1枚配布され、使用すると1話分無料でマンガを読むことができます。使用後は23時間後に回復し、新たに1話読めるようになります。

24時間ではなく23時間なのは昼休みなどの決まった時間に読んでいる人への配慮だと考えられます。再配布が24時間の場合例えば一昨日は12時、昨日は12時10分、今日は12時20分に読むという風に、読む時間が前日から少しずつずれ込んでいきいずれは昼休み中に読めなくなってしまいます。ユーザーに不満感を与えて離脱されてしまわないよう配慮した結果の数字と言えるでしょう。

一方のポイントは条件を満たすと配布されるもので、基本的に30ポイントで1話読むことができます。主な獲得手段は、1日1回、30秒ほどの広告動画視聴による配布(30ポイント)となっています。

アプリを開くとこのようなポップアップが表示され、動画の視聴を促されます。このように積極的にポイントの獲得を推奨してくるのは、このあと取り上げるアプリと比較した際の1つの特徴であると言えます。

また、ポイントは他にも、外部サービスへの無料登録などによって獲得することができます。

これらの仕組みから、サンデーうぇぶりは広告収入を強く意識したアプリだと言うことができます。チケットは作品に対して1枚であるため、違う作品であれば1日に何話も読むことができますが、面白いマンガはどんどん続きが読みたくなるもの。その欲求を満たす手段として、広告視聴や外部サービスとの契約を提示しているというわけです。

サンデーうぇぶりではチケットやポイントとは別に「コイン」を購入することもでき、コインを使えばチケットやポイントがなくても読み進めることができます。読み足りないという気持ちを持たせることは、一気読みしたい層への直接課金の促進も意図していると考えられます。

週刊少年サンデーなどの雑誌掲載作品は途中までしかアプリで読むことができず、その代わりに単行本の購入を促すという仕組みも、続きを読みたいという気持ちをマネタイズにつなげようというスタンスが表れているように思われます。

講談社のマガポケ

マガポケことマガジンポケットは、講談社の看板マンガ雑誌であるマガジンの名を冠した無料マンガアプリです。「週刊少年マガジン」、「別冊少年マガジン」など講談社のマンガ雑誌の作品が掲載されています。サンデーうぇぶりと同じくウェブサイトとアプリ双方での展開です。

マガポケのシステムは、チケットとポイントを使えば無料で読むことができるという点で基本的にサンデーうぇぶりと同様です。しかしポイント獲得の手段と、その用途に焦点を当てると大きな違いが見えてきます。

マガポケのポイント獲得はゲーム形式になっています。

動画を視聴し、そのあとに表示される3つの宝箱の1つを選択するとポイントを獲得できるという仕組みです。動画を見てポイント獲得という本質的な仕組みとしてはサンデーうぇぶりと同じですが、マガポケは起動時に広告動画の視聴を促しません。マガポケはサンデーうぇぶりとくらべると広告収入の獲得にそれほど積極的ではないように見えます。

また、1日に獲得できるポイントの量にも違いがあります。サンデーうぇぶりは1日に必ず1話分のポイントを獲得できますが、マガポケは獲得できるポイントが1~50まで幅があり、基本的には1回当たり5ポイントを獲得できます。これを3回まで行うことができ、1日につき大体15ポイントが獲得できる計算です。

1話を読むために必要なポイントにはばらつきがあるのですが、チケットで読める作品の続きを読むためには50ポイントほど必要な場合が多く、3日に渡り計9回の動画を視聴してもまだ1話読めないことになります。

一見するとケチなようにも見えますが、マガポケというアプリの特徴を考慮するとポイント供給が少ないことにも納得がいきます。

サンデーうぇぶりが雑誌掲載作品を「続きは単行本で」という扱いにしている一方で、マガポケは雑誌掲載作品の最新話もアプリで読むことができるようになっています。そしてさらに、無料で獲得したポイントをその最新話を読むのに使用することもできるのです。

※ネタバレ配慮のためモザイク処理済み

例えば人気マンガ『五等分の花嫁』の最新話は、このように購入に80ポイントが必要になります。『五等分の花嫁』は週刊少年マガジンでの連載ですから、週に1度更新されることになります。1日当たり15ポイント獲得と考えると7日間で約105ポイント獲得できることになり、毎週最新話を無料で読むことができます。

消費者の嗜好が細分化し文字通り「雑」多に作品を寄せ集めた雑誌の売上が下降していく中で、好きな作品だけ、書店に行く必要もなく、無料のポイントを使いながら読むことができるのは集客において大きな強みであると考えられます。

Twitterではこのような声もあり、マンガを読む媒体として一定の人気を得ていることがわかります。

少年ジャンプ+のフリーミアム

ジャンプ+は2014年のローンチ。こちらもやはりウェブサイトとアプリの同時展開です。ジャンプ+はサンデーうぇぶり、マガポケと大きく異なるシステムで運営されていますが、無料ポイントの獲得システムはこの2つのアプリとほとんど同様です。

ジャンプ+で無料ポイントは「ボーナスコイン」と呼ばれていますが、ジャンケンをして勝てば20コイン、負けたら5コイン、あいこなら10コインを獲得できます。1日につき2回、そのうち1回は広告視聴なし、もう一度挑戦したい場合は広告動画を見るという形です。起動時にポップアップがない点も含め、マガポケとほぼ同じ仕組みと言えるでしょう。

ジャンプ+が特殊なのは、ジャンプ+オリジナルの作品が、全話条件なく初回無料で読むことができる点です。

最新話まで無料で読むことができる、という意味ではマガポケも近い戦略をとっているといえますが、マガポケの場合それができる作品数は限られます。マガポケはオリジナルのみでなく雑誌掲載作品も実質無料で読めるため、オリジナル作品のみのジャンプ+と単純比較はできませんが、数あるオリジナル作品を最新話まで無料で読めるというのは思い切ったシステムだと感じます。

このような仕組みは、いわゆるフリーミアムというビジネスモデルです。簡単に言えば、ソフトウェアやコンテンツを無料で十分に利用できるようにした上で、十二分を求めるのであれば有料となるモデルです。どこまでが十分な機能かという線引を明確にすることはできませんが、少なくともジャンプ+はサンデーうぇぶりやマガポケのようなチケット制よりかなり積極的なフリーミアムだと言えます。

しかし、広告視聴も積極的にプッシュせず、不満を消費に転化させるという手法も抜きにして、利益を上げられるものなのでしょうか。

マンガのフリーミアムは、まず無料で読ませて単行本を買わせるというモデルが想定されます。まず作品のファンになってもらい、読み返したり、グッズとしての所有欲を満たすために紙の書籍や電子書籍での単行本の購入を促すというわけです。つまり、無料で公開するのはファンをつくるためだということです。

参考 次にくるマンガ大賞 2019次にくるマンガ大賞 2019

読者が投票によって期待の作品を選出する「次にくるマンガ大賞」。2019年にWebマンガ部門で1位を獲得した『SPY×FAMILY』は、ジャンプ+オリジナルの作品です。上記のサイトをご覧いただくとわかるように、『SPY×FAMILY』の同賞での獲得ポイント数は、コミックス部門で1位を獲得した『薬屋のひとりごと』の2倍以上にも及んでいます。無条件で全話が無料公開されていることの意義が如実に表れた結果だと言えます。

参考 ジャンプ漫画『SPY×FAMILY』異例のヒット 『暗殺教室』に次ぐ半年で200万部突破ORICON NEWS

そして『SPY×FAMILY』は、今年の1月には単行本1巻の発売からわずか半年で発行部数が累計200万部を超えたということです。無条件での無料という抜きん出たアクセシビリティにより多くのファンを獲得し、賞を受賞。それをさらなる追い風として単行本の購買につなげる。もちろん作品に魅力がなくては実現しないことですが、ジャンプ+という媒体の特長が功を奏したことも間違いないでしょう。

マワシヨミジャンプ

集英社の異色の無料マンガアプリ戦略はこれだけにとどまりません。

参考 少年ジャンプアプリ開発コンテスト少年ジャンプアプリ開発コンテスト

集英社は「少年ジャンプアプリ開発コンテスト」という企画を実施しています。その第1回で入賞し、実際に制作され現在も配信中なのが「マワシヨミジャンプ」というアプリです。上記サイトの企画内容の言葉を借りて説明すると、「他のユーザーが置いた電子版のジャンプ、またはコミックを拾って読むことができる(不特定ユーザーと交換する)」という、大胆な試し読みアプリです。

このような画面で複数あるマンガの中から任意で1つ取得し、1冊まるまる読むことができます。街中に置き去りにされたマンガ雑誌からマンガを知るという体験をモチーフにしているとのことで、取得可能なマンガはエリアによって変わります。

近くのエリアのラインナップも確認することができ、読みたいマンガがそこにあれば、ユーザーは足を運ぶことで目当ての作品を取得することができます。このようなシステムは、「ポケモンGO」や「ドラゴンクエストウォーク」などのリアルと連動した人気ゲームにも通じる面白さがあります。

マワシヨミの対象となるのは、作品によって違いますが多くて5巻まで程度であると思われます。ジャンプ+のオリジナル作品のようにすべてを無料で読めるというわけではありませんが、雑誌掲載作品の試し読みの範囲としてはかなり広範です。それと引き換えに、エリアの制約というなんでも自由に読めるわけではないという条件がついていますが、それもエンタメ性に転化しています。

マワシヨミジャンプも、ジャンプ+と同じく「まず読んでもらいファンになってもらう」という姿勢を、高い独自性を持って体現しているアプリだと言えます。

まとめ

  • サンデーうぇぶりは制約を厳しめにすることで広告動画再生や単行本購入を促進
  • マガポケも制約は厳しめだが雑誌掲載作品の個別掲載などでファンに利便性を提供
  • 少年ジャンプ+はオリジナル作品を全話初回無料で公開しファン形成に特化
  • マワシヨミジャンプはゲーム感覚で比較的多めの試し読みが可能

以上、三大出版社の看板マンガ雑誌の名を冠するアプリの比較を通じて、集英社のファン獲得戦略の巧みさをご紹介しました。同時に、無料であることがいかにファン獲得の大きな武器になるかということも感じられたかと思います。試し読みや「回し読み」のような、「まず読んでもらう」という直接的な利益につながらない行動がのちに莫大な利益を生むきっかけにもなり得るということです。

目先の利益やイメージしやすいマネタイズの理屈にばかり頼ることなく、まず好意的な印象や信頼を得た上でその関係を発展させるという方法は、エンターテインメントの世界のみならず、あらゆる業界が意識しておいた方がいいのかもしれません。